Wed, October 17, 2018

アメリカからの訪問者   by 早川 千晶


アメリカからの訪問者   by 早川 千晶     2008年02月18日19:36

写真1: アメリカからのお客さん。ジョーとMJ。


写真2: ラモギダンサーズ登場! Boys only のダンスチーム、「マゴソ・エレファンツ」。

写真3:
ラモギのタイコチームは、マゴソ・ティーチャーズ。

マゴソスクールにアメリカからお客さんがやってきました。
ジョーとMJという2人の看護師さん。
とっても嬉しかったです。
これで暴動以来キベラにご案内したお客さんは、3組になりました。
最初に竜巻太郎くんがきっかけを作ってくれて、大感謝。
その次に、モンバサのストリートチルドレン施設でボランティアしていたまきさんという女性。
そして、今回のジョーとMJです。
こんなご時勢に来てくださって、本当に感謝です。
これでまたキベラスタディツアーも再開していくことができそうです。
これまでのように、キベラスラムの警察官たちが協力してくれています。
警察官の護衛がつく、というと、ものものしく感じるかもしれませんが、彼らも私たちの仲間で、
マシモニ・ユースグループで活動しているメンバーの一人にも警察官がいます。
ですから、ツアー内容や意義にも理解があり、協力体制で喜んで護衛をしてくれているので安心です。
他に、キベラの若者たちのエスコートもつきます。
みんなでおしゃべりをしながらスラムの中を歩いて回り、エリックのワークショップやマゴソスクール、フリーダさんの診療所を訪問。
普通の住居(長屋の一室)も見せてもらってお話を聞いたり、暴動の被害を受けた場所も見てもらいました。

彼女たちはアフリカはじめてで、マサイマラのサファリとキリマンジャロ登山を目的にやってきた純粋な観光客です。
テレビの報道でケニアの状況は見て知っていたけど、ケニアに旅行に来ることは小学生の頃からの夢だったので、
とても楽しみにして来たということでした。
ジョーが小学校7年生だったとき、同じクラスの女の子で、アフリカに旅行に行った子がいたんだそうです。
その子が、アメリカから本を持っていき、アフリカの子どもたちに渡した、という話がとても印象的で、
それ以来、ずっとずっとアフリカに来ることが夢だったのだそうです。
彼女は、退職されるまで看護師として働き、そして退職されてすぐに長年の夢を実現させたのですね。
前の夜、遅くにナイロビに到着したのに、朝からお元気な笑顔で、お会いできて本当に嬉しかったです。
最初にまずはキベラの中でも最もひどく影響を受けた地域、まるで爆撃を受けたかのように破壊されつくしたエリアを案内してまわったのですが
到着していきなりこのシーンはあまりにも怖かったのではないかと心配しましたが、とても柔軟に、冷静に見てくれました。
そして、キベラスラムの中を奥まで徒歩で歩いていくあいだ、子どもたちがたくさん駆け寄ってきて、ハワユー? ハワユー?と、
泥だらけの小さな手を出してきて挨拶します。目を細めて、かわいい、かわいいと笑顔で答えてくれました。
いろいろな過酷な話に、胸を痛めたりため息をついたり、だけど子どもたちのかわいさに微笑んだりと、本当に明るくて心の優しい方々、
こういう人たちの訪問を受けると、みんなとっても元気が出てきます。

普通の家も見てもらおうと思って、マゴソスクールの近所の人の住居におじゃまさせてもらいました。
崩れてきそうな土壁の長屋、そのとっても狭い一部屋の住居に彼女たちは絶句し、そんな部屋でも家賃を月額500シリングも払わないといけない
と聞いてまた絶句し、「この長屋全部ではなくて、ほんとにこの一部屋だけなの?」と信じられないというような驚きの声をあげていました。
それを聞いて、なるほど、と思いました。私はもう当たり前になってしまっているので気がつかないけれど、確かに、アメリカの人にとったら、
こんな住居で暮らしているというのは「ありえない!」という驚きなんだろうなと思いました。
とっても狭い一部屋を、さらにカーテンで仕切って、カーテンの奥にベッドが置いてあり、カーテンの手前には椅子がいくつかぎゅうぎゅうに
置いてあり、それだけが一家の生活スペースのすべて。そこに家族6人や7人や、ときには10人や10人以上など、すごい人口密度で住んでいます。
台所もありません。部屋の中や外で、七輪などで煮炊きをするのです。便所や水浴び小屋は共同。
しかも、長屋の10世帯とか20世帯とかで共同なのです。
彼女たちは、日本人のスタディツアー参加者よりも、もっともっと、それを見て驚きました。(本当にショックを受けていました。)
そこで気がついたのですが、もしかして、日本人のほうが、こういう状況に対してもうちょっとはなじみがあるのではないかと思いました。
というのは、若い世代であっても、空襲で焼け野原になった日本各地の話や、まったく何もなくなったところから復興していった戦後の話、
そして最近では、神戸の震災のことなど、知っているからです。
そしてもともと、日本の住宅事情も厳しいものがありますから、まさかスラムほどではないにせよ、多少はなじみがあるのかもしれません。
もちろんアメリカにも、ホームレスや、貧しい暮らしをしている人々は数としてはたくさんいるけれども、
おそらく、一般の方々にとっては、ほとんど接点がないのではないでしょうか。
でも、彼女たちがほんとに素晴らしいと思ったことは、そこで感じたことやシンパシーをとてもストレートに表現して、
とてもオープンに接することができるところです。一緒に歩いたマゴソの先生たちにも、遠慮なく、次々といろいろなことを質問していました。
日本人だと、「こんなことを聞いたら、失礼ではないだろうか」と躊躇や遠慮が先にたって、ついつい質問を飲み込んでしまうことも多いですが、
遠慮のないストレートな質問は、かえって心地よく、「知りたい」と思ってくれている気持ちが伝わってくるものでした。
だからマゴソの先生たちも、張り切って答えていました。それによって、彼ら(先生たち)も意識を高めて、成長することができます。

(ちょっとドキドキ)

(マゴソダンサーズ 女の子たちは「マゴソ・エンジェルズ」)

(リリアンも元気です。 ) 子どもたちは、正真正銘のムズング(白人)のお客さんに、目を丸くしてびっくりして、ドキドキしているようでしたが、すぐに打ち解けて、
とても喜んでいました。張り切って、歌と踊りとタイコと・・ そしてみんなでお祈りをしました。

(マゴソ・エンジェルズたち。シンガーズとダンサーズ。)
ジョーとMJは、アメリカの故郷の風景のポストカードを持ってきてくれていて、それを子どもたちに見せてくれました。
入れ物がアメリカの地図の形になっているお菓子も持ってきてくれて、その地図を見せて、
「私たちはここから来たのよ」と子どもたちに話をしてくれました。

私はすごく嬉しかった。そして胸が熱くなって、なんだか胸の中にこみ上げてくるものがありました。
世界は、いろいろですよね。こうしてキベラスラムで貧しく生まれ貧しく育ち、その上に暴動にもあったり恐怖体験があったりなど、
そういう現実の中に生まれてきた子どもたちと、それからほど遠い現実の中で生きてきたアメリカ人のジョーとMJ、そして日本人である私、
人生はほんとにいろいろですが、みんなそれぞれに大切で、それぞれに貴重な命です。
遠いアフリカの地に思いをはせていた小学生だったジョーの姿が眼に浮かんでくるようでした。きっと、40年とかそのくらい昔の話ですよね。
世界が平和であって欲しい、と、心から思います。
私たちはみな、こうして友達になれるのです。そして、互いの幸せを祈りあうことができます。
少なくとも、こうして祈りあったマゴソスクールには、その瞬間、真の平和があったなと感じました。
ジョーとMJ、こんなに遠くまで愛を運んできてくれて、本当にありがとう。
暴動の傷の中に沈み込んでしまわずに、また前に歩みを進めていくための力をもらいました。

さて、このようにぼちぼちですがスタディツアーをやっていきたいと思います。
すでに計画がはじまりました。3月上旬に1組、下旬に1組、ゴールデンウィークにも1本、スタディプログラムを組むことになりました。
興味がある方は、ぜひご一報ください。いま、参加希望者たちと話し合いが進められているところです。
私のメールアドレス ecotour@gol.com までメールをください。
部分参加もOKですし、ツアーがあるときではなくても個人的にでも可能です。
やはり、互いに学びあえる機会を持つこと、出会うこと、語り合い訪問しあう機会を持つことで、私たちは平和への道を歩んでいくことが
できると思います。 外務省から出ている「危険度」もあがってしまいましたが、これからも私たちは、その時々の状況に応じて可能な形で、
日本とケニアとの橋渡しをしていきたいと思っています。
次の日記で、今計画が進んでいるスタディプログラムについてお知らせしたいと思います。

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