Thu, January 18, 2018

2008年5月号(4月5日発売号)新しいケニア


新しいケニア                        ソトコト5月号(4月5日発売号)

3月に入り、ケニアは祝賀ムードで溢れている。ついに平和がやってきたと、2ヶ月遅れのハッピーニューイヤーの声を掛け合っている。年末の大統領選挙後に、ケニア全土で死者1500人、避難民40万人以上を出す大暴動が発生した。国民は、お正月を祝うどころではなかった。大統領選の2大候補の対立を、アナン国連前事務総長が中心となって仲介し、調停のめどがたったのは2月の終わりであった。国民は、失われた2ヶ月を取り戻すべく、やっと新年の挨拶を交わせる気分になってきたが、失われたものはあまりにも大きい。多くの人々が職を失い、住居が破壊され、商品が奪われ、信頼しあえるコミュニティの絆が揺らいだ。まさに傷だらけの状態だが、ケニアは新しい一歩を踏み出そうとしている。

私は今回の暴動の一部始終を内部で過ごして、子どもたちやスラムの人々のレスキューに奔走していたのだが、つくづく思い知らされたことがいくつかある。ひとつには、人間の心の危うさというものだ。一瞬にして火がついて、群集心理が伝染していき、それまで仲良く暮らしていた隣人同士で襲い合い殺し合う姿はまさに悪夢であった。そのとき、前線にいた人々の目は、何か違う色になっていた。普段はとても明るくのんびり屋で気のいいケニア人が、怒りにまかせて一瞬のうちに暴徒と化した。あの波は一体何だったのだろうと、我に返ったあとも多くの人々が解せないでいる。

もうひとつには、ケニアという国を国際社会は決して放っておかなかったということだ。暴動直後から次から次へと各国からの有力者が仲介にやってきた。それがなければ、これ以上の大惨事に発展していたことだろう。そのくらい、ケニアは国際社会に重要なポジションを占めている国だということだろうが、これまでアフリカの多くの国々の紛争に接してきた自分としては複雑な想いがした。仲介にやってきたどこぞの国のおえらいさんが、「我々は、ケニアがソマリアやルワンダのようになっていくことを見過ごすことはできない。そうならせてしまうには、ケニアという国は重要すぎる」と発言していたが、これを聞いてソマリアやルワンダの人々はやりきれない気持ちになるのではないだろうか?

そして最後に、最も感心したのは、ケニアの人々のバランス感覚の良さだ。国のリーダーたちがいかに愚かであろうとも、平常心を取り戻して通常の生活に戻ろうとする人々の姿には胸を打たれた。グラリと揺らいだあとに、中心軸を取り戻して均衡を保とうとする力が、ケニア庶民の間には急速に働いた。隣人を助け、破壊された瓦礫の山から立ち上がり、焼け跡に掘っ立て小屋を建てて商売の再建をはじめ、平和へのメッセージを全国にいっせいに広げた。国中に広がった狂気を沈め、人々を正気に戻すための動きが、一般市民の間から急激に巻き起こった。ケニア人はしなやかな精神を持つ人々だとつくづく思った。

何はともあれ、新しいスタートだ。傷跡は大きいが、ケニアの人々ならきっと乗り越えて立て直していくだろうと信じている。観光客の足が遠のいてしまったケニアだが、ぜひ戻ってきてほしい。良い国を作っていこうという一般市民の心意気が感じられる国には、未来への希望がある。

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