Wed, August 22, 2018

2007年6月著その2 最後の長老たち


最後の長老たち                          2007年6月5日

アフリカの村の長老たちにはしばしば複数の妻がいる。2人、3人、4人くらいの奥さんがいるのは普通で、今まで出会った長老たちの中で最も多かったのは、250人の妻がいるという人だった。そうなると、村ひとつがすべて、彼の妻と子どもたち、そしてそのまた子どもたちでいっぱいになり、人口過密のにぎやかな村になっていた。しかし、そこには争いはなく、それぞれがそれぞれの役割を果たして仲良く平和に暮らしていた。その生活集団の中に秩序と調和がどれだけあるかということは、長老の人となりにかかっている。アフリカの長老たちは、まるでライオンのようだと思うときがある。彼がそこにいて目を光らせている以上、若者たちも勝手なことはできないし、その存在から立ち上る威厳に対して人々は畏敬の念を持ち、そこには迷いも乱れもない。集団はまとまっていて、不安や悩みがない。長老は正しい道を示してくれるし、問題が起こってもそれを解決する方法を知っている。

こんなにたくさんの妻をどのように得たのかと、とあるドゥルマ民族の長老に聞いてみた。彼が言うには、一人目の妻は自分が好きな人を見つけてきた。その奥さんに子どもが生まれ、家事の負担が大きくなってきた頃、奥さんは手助けが欲しくなって自分の気に入った若い娘を連れてきて、第二夫人としてめとるように夫に紹介した。そしてその2人目の奥さんにも子どもが生まれた頃、2人で相談して3人目となる若い娘を連れてきた。そうやって、4人目、5人目と増えていき、いつの間にか、たくさんの奥さんと子どもたちの大所帯になっていた。夫としては、妻が連れてきた女性がたとえ好みのタイプではなかったとしても、断ることはしない。奥さんが気に入った人を連れてきたのだから、それを受け入れることが家庭の平安を守る秘訣だと彼は言う。複数の妻たちは、膨大な家事をシェアして、共に助け合って家庭を切り盛りする仲間である。子どもたちには、全員が母親となり、自分を生んだ実母がたとえ病気で死んだとしても寂しく取り残されることはない。子どもを産むことができなかった女性にも、自分を母と呼ぶ子どもがたくさんいて、老後も助けてもらえて安泰だ。家庭を切り盛りするための仕事量は膨大で、掃除、洗濯、料理、子育て、畑仕事、水汲み、薪集め、家畜の世話と、主婦は休む暇もなく忙しい。助け合える仲間がいるということは、どれほど心強いことだろう。だから村では小さないさかいはあったとしても、それは大きな問題には発展せず、生活の根底にゆるぎない安心感と愛が満ち溢れているように感じる。複数の妻たちは、家事をこなしながら朝から晩までありとあらゆることをおしゃべりしているし、感情的な喧嘩が起きてもそれを仲介してくれる年長者がまわりにはたくさんいる。究極の博愛主義、そしてストレスフリーの生活とはこのことか、と、彼女たちの表情を見ていてつくづく感じる。

さすがのアフリカでも、こんな時代は終わりに近づいている。古き良き長老たちは、今の世代が最後であろうと、彼らと握手をするたびに思うのだ。この数年で、私が敬愛する長老たちが次々とこの世を去った。握手をするだけで、慈愛がにじみ出て伝わってきて、涙がポロポロとこぼれるような瞬間が何度もあった。その深い懐に包み込まれるような安堵感を、私は決して忘れない。私たちの世界は大切な長老たちを失って、どこに向かっていこうとしているのか。この時代を生き抜いて、見届けていくしかないだろう。

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