Wed, September 20, 2017

2005年1月著 川原で踊る光の玉


川原で踊る光の玉                             2005.1.16

昨年から今年のはじめにかけて、友人・知人の訃報が相次いだ。アフリカでの生活に「死」はとても身近だ。生と死が背中合わせであることを、日々の生活の中でまざまざと見せつけられる。「死」の輪郭がはっきりとしているアフリカでは、背中合わせの「生」も、絶大な力を持って迫ってくる。

原生林の山々を、薬草を採集しながら一緒に歩いてくれた伝統医の長老が、川を渡るときにワニに食べられて死んだという知らせを受けた。その後まもなく、別の長老が、葬式の帰り道で象に踏み潰されて死亡した。その知らせが舞い込んだのと前後して、いとこが生活苦を理由に20歳で自殺し、別の村では8歳の女の子がマラリアで死亡したと聞かされた。彼女はたった2日間ふせっただけで、あっけなく旅立ってしまった。

「神様があの子を望んだのだから、仕方ないわ」 

母親はそう寂しそうにつぶやいた。

私が寺子屋を営むスラムで、学校の近所にひどい病に苦しむ一家がいる。父親はすでにベッドから起き上がれず、日の差さないバラックの中で寝たきりである。彼の妻も、日に日に具合が悪くなっているが、今はまだ野菜を売る仕事をして、なんとか一家を支えている。彼らの2人の子供のうち、4歳の息子は骨と皮だけに痩せ細っており、父親のそばでいつも眠っている。8歳の娘だけがかろうじて健康体で、私の寺子屋に通ってきている。

これから先両親が死んだら、この娘はどうなるのだろう。そのときが訪れるのは、時間の問題のように思われる。スラム住民の友人・リリアンにそう話したら、彼女は私にこう言った。

「そんなことは、今は心配しないのよ。考えたらいけない。そのときはそのとき。とにかく今をせっせと生きていくしかない。想像してはいけない。切羽つまったら、そのときに道を探すしかない。道があるはずだと信じるしかない」

リリアンは、故郷の川沿いに、夜になると光の玉が集まる場所があるとおしえてくれた。いくつもの光の玉が浮かび、わいわいがやがやとにぎやかな音を立てる。煮炊きをし、洗濯をし、子供たちが遊びまわる歓声が響く。タイコを叩き踊るざわめきが聞こえる。それは、死者の魂が集まる場所なんだ、とリリアンは言った。

あまりにも痛ましいいくつもの死に接したあと、私は、この話が本当であって欲しいと心から願った。この世で苦しみしか与えられなかった人々が、そんな楽しげな世界でいつまでも仲良く暮らしていけるとしたら、それはせめてもの救いに思える。

どんなことも神様は見ているわ、とリリアンは言う。私もそうだと信じたい。

タグ: , , ,

Share This :

Twitter Delicious Facebook Digg Stumbleupon Favorites More

イベント情報をいち早くお知らせできます。


Leave a Reply

*