Thu, November 23, 2017

2005年9月著その1 精霊が暮らす村


精霊が暮らす村                                      2005年9月1日                                    
おとぎ話に出てくるような美しい村がある。その名は、ムワナ・ニャマラ。「泣く子よ、おだまり」という名前のこの村が私は大好きだ。神様が住むという聖山・ゾンボの麓に、この村はある。この地域にはいつも雨が降っていて緑が濃い。一日数回だけ乗り合いバスが通り過ぎる道路は、雨が降るとドロドロになり、粘土質の泥の中に埋まって車も人も立ち往生する。そんな季節には村への往来もなくなって、外界から切り離された別世界になる。ただひたすらひっそりと、雨と緑に包まれてまどろむ。ムワナ・ニャマラはそんな村だ。

村の中には一年中、フルーツが鈴なりに実っている。豊かな果実の重みで枝がしなっているマンゴーの大木。オレンジ、パパイヤ、バナナ、ヤシの実など、採りきれないほどの果実が村中に溢れている。学校からの帰り道、子供たちは道端の小さな木の実をつまみながら歩く。豆粒のように小さな赤紫色の実は、甘酸っぱくて香りがいい。小鳥たちもそれをついばみながら歌を歌っている。

村ではアーシャという女性が私の宿を提供してくれていた。ある夜、アーシャが腹痛でのた打ち回って苦しみだした。痛みのあまり、彼女は体をくの字に折り曲げて叫び声をあげた。体中から脂汗が吹き出している。聞いてみると、彼女は数年前からこの激痛に苦しまされてきたらしい。アーシャの部屋に村中の女性たちが集まって、かわるがわる彼女の体をさすった。小さな空き缶に芯を挿しただけの灯油ランプの灯りに、村の女性たちの姿が照らしだされていた。女性たちの中で最も年配に見受けられる老婆が、アーシャの枕元に進み出て、彼女の頭を撫でながら何やらつぶやきはじめた。誰かに話しかけている。そのつぶやきは、延々と止まらない。この地方の訛りが強くて、何を言っているのかはよくわからないけれど、理解できる単語をつなぎあわせながら聞いていたら、老婆が何に話しかけているのかわかってきた。彼女は、まるですぐそばにいる人に話すように、シェタニ(悪さをする精霊)に話しかけていたのだ。長年の友人にしゃべりかけるように、老婆はシェタニと会話していた。さあ、こんなに私たちの娘を苦しませないで、いいかげんここから出て行ってくれてもいいんじゃないのかい? さあシェタニ、彼女の体の中から出て行っておくれ。老婆は繰り返し、そうつぶやき続けた。

しばらくすると、アーシャのうめき声が小さくなってきた。激しい息づかいも静まってきて、周りを取り囲む女性たちに安堵の色が広がった。アーシャの痛みが、本当にシェタニのしわざによるものなのかどうかは、私にはわからない。たけどひとつ確かなのは、目には見えない様々な存在と共に、彼女たちが生きていることだ。

その数日後、私は村をあとにした。畑からもぎたてのトウモロコシを山のように持たされた。アーシャの痛みはすっかり取れたようで、見送る彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。私は乗り合いバスに乗り込んで、みんなに手を振った。走り出したバスから後ろを振り返ると、おとぎ話の村は深い森につつまれて見えなくなっていた。

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