Wed, October 17, 2018

123号 ジュンバ・ラ・ワトトの子どもたち


ジュンバ・ラ・ワトトの子どもたち                                                         DDWN123号(7月号)

カロリン・インドゥラ(9歳)

インドゥラは9歳だけど1年生。今年で1年生も3回目になり、なかなか進級できない。でもそんなことはインドゥラにとってはどうでもいい。
学校が大好きだし、毎朝走って丘を登り、学校に行く。先生が、クラスで一番になりたい子はだれ?と聞いたら、インドゥラも真っ先に手を上げる。
3回も1年生をやっているけど、まだ自分の名前も上手に書けない。それでも学校が楽しい。
インドゥラよりももっと大きな子も、1年生にはたくさんいる。

ケニアの小学校は厳しくて、学年末の試験で合格点が取れないと、上の学年に進級できない。
小学校にあがるのも、その前に数字とアルファベットが書けるようになっていないと1年生になれない。
インドゥラの学校には、幼稚園のクラスに10歳の子もいる。全校生徒は全部で800人くらいだ。

インドゥラは、両親の顔を覚えていない。2人とも、インドゥラが生まれてすぐに病気で死んでしまったのだ。
インドゥラの家族は、キベラスラムで暮らしているおばあちゃんとおじさんだけだ。インドゥラも1年半前まではそこで一緒に暮らしていた。
近所の人が、マゴソスクールに連れていってくれて学校に入ることができたけれども、家ではまったくごはんをもらっていなかった。
学校で食べる給食が、インドゥラにとって唯一の食事だった。おばあちゃんもおじさんも、朝から晩までお酒を飲んで酔っ払っていた。
インドゥラは、家では水浴びも洗濯もしていなかったから、とても汚かった。マゴソスクールに行ったら、学校で先生が体を洗ってくれて、制服をくれた。
いつも酔っ払っているおばあちゃんといおじさんだったけど、インドゥラは彼らのことが大好きだった。おばあちゃんのそばにいると嬉しかった。

インドゥラの様子を不審に思った先生が、家を訪ねてみて、荒れ果てた家庭の状況を知ることになった。
アル中の祖母はいっさい彼女の面倒をみようとせず、彼女は完全に放置されていた。
マゴソスクールで話し合いの末、彼女をミリティーニ村のジュンバ・ラ・ワトトに連れて行くことになった。
彼女はそこではじめて1日3食を得られるようになり、しつけをしてくれるお母さん役のシャンガージや、お父さん役のマテラ長老など、
大人からのケアを受けられるようになった。大きなお兄さん、お姉さんたちも小さな子どもたちのめんどうをよく見る。
みんなで助け合って大きな家族として暮らすジュンバ・ラ・ワトトでも、インドゥラはなかなかなじまず、ちょっと浮いた存在だった。
地域の教会の牧師さんからもらったという小さな人形にリリアンという名前をつけて、いつも一緒にいた。
私がジュンバ・ラ・ワトトに泊まるときには、私の布団の中に入ってきて、そしていつも必ずおねしょをした。
そして、キベラのおばあちゃんのもとに帰りたい、と彼女は何度か言った。

あるとき、毎週日曜日に通っている村の教会で、異変が起きた。賛美歌を歌っている最中に、インドゥラが失神して倒れたのだ。
意識を失ってしばらくすると、目を覚ますが、口をきかない。
そんなことが何度かあってから、気を失うときにお父さんとお母さんの姿が見えたと彼女は言うようになった。

インドゥラに連鎖するように、他の子どもたちもバタバタと倒れるようになり、私たちは慌てた。
みんなそれぞれに、親を失ったり、引き取られた先で虐待を受けたりなど、過酷な経験をしてきた子どもたちだ。
普段は明るく無邪気に暮らしているように見える子どもでも、その奥底に様々な記憶を抱えている。
ふとしたことをきっかけとして、その深い傷が浮上してくる。連鎖反応が1ヶ月ほど続き、マゴソスクールのママであるリリアンが行ってみんなと長い話をして、
夜中に手をつないでじっくりと祈ってから、この連鎖反応がおさまった。

ジュンバに来て1年がたち、新しい子どもたちがさらに増えると、インドゥラの様子も落ち着いてきた。
最近では歌や踊りのチームにも入れるようになってきた。来年は2年生に進級できるだろうか? 
もしも進級できなかったとしても、インドゥラが楽しく過ごしているのならばそれで十分だと、踊る子どもたちを眺めながら私は思うのだった。

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