Tue, June 19, 2018

ジュンバ・ラ・ワトトのこと


ジュンバ・ラ・ワトト
JUMBA LA WATOTO

ケニア共和国・ミリティーニ村にある子どもの家。2005年11月19日からはじまりました。
2007年5月現在、6歳から15歳までの24名の子どもたちが仲良く暮らしています。(男子12名、女子12名。)

きっかけは、ミリティーニ村の長老・マテラさんやその家族たちが、キベラスラムの子どもたちの
状況を不憫がり、
「みんなで大きな家族になって、一緒に暮らそう」と言ってくれたこと。
キベラスラムで、親や住まいを失い、労働をさせられていたり、虐待を受けたり、とても貧しい
生活に苦しんでいた子どもたちが、ミリティーニ村で受け入れてもらい、村の子どもたちと
兄弟姉妹になって一緒に暮らすようになりました。
マテラ長老をはじめとする村のお父さん・お母さんたち、キベラスラムのリリアン、
早川千晶と大西匡哉とで、力を合わせて運営しています。

この大きなおうちを運営していくためには、たくさんのお友達に助けられています。
まずは、ジュンバ・ラ・ワトトを設立することを助けてくれたのは、フジテレビジョン
「あいのり募金」の皆さんです。キベラの子どもたちが村に引っ越すための費用、
ジュンバ・ラ・ワトトをはじめるために最初に必要だった物品、子どもたちの制服・文房具・
生活用品、そして、はじめの5ヶ月間分(2005年11月19日から2006年4月18日まで)の生活費を
提供してくれました。

次に、フジテレビの番組「あいのり」の参加者だったヒデが、自作のポエムでカレンダーを作り、
その収益をジュンバ・ラ・ワトトの生活費のために提供してくれました。
この資金は、2006年4月19日から、約2年3か月分の生活費となります。

さて、はじまった当初は、村の中の小さな家を、家賃を払って借りて開始したジュンバでしたが、
その後、村一帯が強制撤去にあってしまいました。
この村はもともと、マテラさんたちドゥルマ民族が昔から居住していた地域ですが、ある日突然、
政府が発行している「正式な土地登記書」を所有している人が登場。
その人が、そこに工場を建てることになったから、村人たちに立ち退きを命じたのです。
私たちは困り果てましたが、村の空いている土地を購入し、そこに建設をはじめました。
早川千晶と大西匡哉が有り金をはたいて土地を購入、建設をはじめたところ、私たちのライブに来て
くれた新潟在住のとてもステキなおばあちゃんが助けてくれるようになりました。
彼女のことを私たちはママ・ジュンバと呼んでいます。ママ・ジュンバが助けてくれたお金で
ブロックやセメントなどを買い、村の人々みんなで力を合わせて建設を続けました。
お金が足りなくていまだ完成はできずにいますが、未完成のままで住み始めています。
みんなで作ったおうちだから、子どもたちも愛着ひとしおです。

マテラ長老が私に言ってくれた、
「世界の子どもたちはみんな世界の大人たちの大切な子どもだよ。みんなで大切に育てていけばいい」
という言葉。そこからはじまった子どもの家です。これまでの人生で、とてもつらい目にあってきた
子どもたち、親が死に、労働力として売られ、虐待を受け、路上で寝起きしていた子どもたちが、
今このおうちで楽しい毎日を過ごしています。仲間がいて、安心して眠れる場所があり、おなかいっぱい
食べられる温かい食事があり、学校で勉強することができる。本当に嬉しそうです。
ジュンバ・ラ・ワトトは、村のすべての子どもたちにとって憩いの場になるように、図書室や、
夜の補習授業歌の練習もやっています。おうちに隣接して、村の子どもたちが全員集まれるホールを
作ろうとしていますが、資金が足りずにまだ完成できていません。

笑顔がいっぱい、歌がいっぱいのジュンバ・ラ・ワトトを、これからも応援してください

早川千晶(2007年)

 

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