Thu, October 18, 2018

ケニアの状況 5  (早川 千晶)


ケニアの状況 5   by 早川 千晶      2008年01月01日04:30
続きが遅くなりましてすみません。日本はすでに新しい年になりましたね。 

こちらの状況ですが、すごくタイトな厳重警戒態勢、街中、国中に重装備の警官、軍隊?が出ています。
今日は自宅からも何度も連続した発砲が聞こえ、これはODM集会を行おうとしていたウフルパークに向かって移動したがっている
群衆を取り押さえるために警官が発砲していたもようです。ちょっと騒ぎがあがるとすぐに催涙ガスも投げられ、あたりにそのにおいもただよっています。
ナイロビのシティセンターは早々に封鎖されてすごい厳戒態勢、ウフルパークにもひとりも人を入れるもんかというすごい数の武装ガードがとりかこんでいます。
ケニア国内の主要幹線道路ももちろん、そして地方都市でも、警備に国中の警察が総動員か。という様相です。
こんな状態においても、驚くべきことには、観光客はケニアに来ており、今日も観光客の発着もあり、そしてサファリ観光に出て行くサファリカーもある。
十分な報道がされていず、状況を把握しきれていない海外からの観光客が、乗り継ぎのドゥバイの空港でニュースを見てびっくり、
ということもあるようですが、これだけ厳戒態勢の中も、サファリカーは移動をすることができ、(もちろん自己責任においてではあるが)、
空港からナイロビ市内のホテルへ、そしてナイロビ市内のホテルから国立公園などへサファリへ、という移動が、
まるで何事もなかったかのように行われていることを、いったいどう捉えたらいいのか複雑な気持ちでいます。
もちろん、ケニアにとっての重要な収入源である観光産業が、こういう状況に打撃を受けられても困るわけであるけど、
それでも、あまりにも国の実情とはかけ離れたところにある観光業のあり方や、おそらく多くの外国人にとってはこの国の本当の根底にあるものが
まったく見えない、見えずらいという現実をまざまざと知らされます。

おそらくこれは、海外ーケニアという関係性においてだけではなく、ケニア国内でも、どのような生活層に属しているかということで見えてくることは
まったく違う。それによって、現状への危機感や、危険度、命の重さまでまったく違うものになってしまうという現実が、あまりにも虚しく苦しい。
ケニア国民全体からしたら、ほんの一握りでしかない裕福層が、実質、この国を動かしている中心だというのが現実なのかもしれない。
そんな裕福層の人々は、(結局は自分自身もそれに属するわけなのであるけど)、早くから危機対策をすることもでき、
この選挙に向けては誰もがしばらくの間は篭城できるだけの食料、水、などを蓄えておくことが常識とされ、実際、それをするだけの金銭的余裕もある。
そして、危険が訪れると、ガッチリしたゲートの中にこもってしまってしばらくおこもりになりさえすれば、その身が危険にさらされることは
よっぽどのことがない限り避けられる。
だけど私たちのスラムの友人たちはどうだろう。食料やら生活必需品を蓄えて備えるような経済的余裕もなく、そもそもが、今日働かなければ
今日食べるものがないというようなギリギリの暮らし、そんなささやかな生活さえも、こういう状況下でもっとも脅かされるのは彼らのような弱者だ。
そして、その命は、まるで虫けらのように軽く扱われる。
スラムの中でいったい何が起こっていても、まるでそんなことはこの国にとっては関係のないこととでも?
怒りにあばれている暴徒たちの多くは、青年たちだ。青年たちだけではなくてその中には中年層の人々も入っているだろうけれども、
でも多くは若者層だと思う。その多くは裕福層の若者たちではなく、いわゆる貧困層の、スラムや村の、働きたくてもまともな仕事もなく、
将来に夢を持ちたくても夢や希望を持つことも困難な、鬱屈した生活層がほとんどだろう。
裕福層であれば、もっと器用に人生を生き、もっと手際よく自分の身を守っているだろう。
彼らが、手に手に、木の枝や棒や石を持ち、パンガ(手斧)を持ち、暴れて、車や建物に火を放って、そして発砲されてバコバコに打ち据えられて・・
という様子を見ていると、涙が出て止まらなくなる。
彼らは変化に期待をしたし、希望を持ったし、よくなるはずだと信じたし、何度も裏切られているのにまた信じたのに、また裏切られ、
そしてどうせ守るものも失うものもないからこうして怒り暴れる。
これまでの総選挙で、ケニア国民の選挙への参加率はものすごく高い。国民はまだ政治に期待をかけ、投票で政治に参加できることを誇りに思い、
若者から老人まで国民すべてが政治に関心を持ち、遠く離れた投票所まで何時間もかけて出かけていく人々、文字も書けない人々、
多くの人々が投票所に出かけていき、あまりの手際の悪さにも辛抱強く長蛇の列で待ち続け、そして、誇りを持って一票を投じたのだ。
誰もが、民主主義を信じていたし、この一票によって世の中は変わると信じていたし、今は苦しい自分たちの生活にも未来への希望があると信じたし、
そういう国民の期待に政治が応えてくれるはずと信じた。
そうやって一票を投じてから、みんな、辛抱強く、平和に結果を待っていたのだ。
こんな国民たちを大きく裏切って平気な政治家たちなど、いったいなんのための、誰のための政治なんだ?
不正を正して欲しいという申し出も無視した形で、強行に、一方的な発表そして間髪をいれずに就任式、
そして当然沸き起こる抗議の動きに対しては絶対的な武力行使で強制的に鎮圧、というのは、いったい全体本当に、
民主主義国家の行うことといえるのか? まったく正気の沙汰とは思えない、ニヤニヤと笑顔すら浮かべながら就任式にのぞむキバキ大統領の姿を
見ながら、この人は本当に正気なのだろうか?と心底思った。
そのあとどういう状況になるか、どれだけ多くの命が失われるかということは、火を見るよりも明らかだったはずだ。

怒りが爆発してあばれる人々に対して、厳重武装した警官たちはどんなしうちをしたかというと、まるで武器も持たず、
持っているのは木の枝と石くらいの人々を何度も何度も打ちすえ、けとばし、何度も発砲して、
・・・ 誰もがみんな、心ってものがあるんだよ!人間なんだよ!と叫びたくなる。

ODMライラ氏は、こんな結果は絶対許さないし認めない、自分は国民に選ばれた人民の大統領として就任する、
パラレル・ガバメントを樹立するからみんなついてこい、と呼びかけ・・・
ふりかざしたこぶしや手にしたパンガの納め先をどうしようもない人々は、それに同調してついていくしかなくなっちゃうでしょう?
だけどそれによってますますたくさん死ぬのは誰ですか。
そして、余波を受けて苦しめられるのは誰ですか。
そうやってもしもほんとにひっくり返せたとして、そのあとほんとに国民の期待に応えてくれるんですか?
この国で、突然、誰もが良い仕事につくことができるようになり、誰もが衣食住に困ることなく、
何不自由ない暮らしを送ることができるような世の中が、ほんとに訪れるっていうんですか?
そうやって5年前だって、国民みんな期待して、そして裏切られたではないですか。

第三候補のカロンゾさんは、今日とても冷静な発言をして、国を半々の支持にわけたキバキとライラはどうか手を取り合って
しっかり国を治めてくださいと呼びかけた。これ以上、国民を危険にさらすことをやめるようにと。
ほんとにそうだと思う。今しなけりゃならないのは、闘いをやめることです。
不正があったことが明らかなのならば、それを正当な形で訴えて欲しい。
そして、今たとえ不正な形であってもすでに大統領に就任してしまった政権に対して、正々堂々と、正当な政治の舞台で闘っていって欲しい。
議席数は、ODMがはるかに多数を獲得したのだから、これから先の政治で理想を実現していくための働きをしていけばいいじゃないかと思う。
この国を2つに分断させてしまったら、取り返しがつかないことになってしまう。

今日はライラ氏が正式に呼びかけたのは、1月3日の集会への参加呼びかけだけど、これも武力で鎮圧されるのか? そして首謀者たちを逮捕?
そして国民の不満はそのまま放置?
それとも、何が何でも奪い返すか? そして戦いの渦になり、みんなあおられて殺しあって、メチャメチャになって、そして得するのは誰?
ああー いやだいやだ!
せっかくこれまで微妙なバランスの中でなんとか仲良くやっていこうとしていた多民族の庶民の中に、
どうしようもないしこりが残ってしまうことだけは避けて欲しい。

今、スラムでは、キクユの人を家から引きずり出して殺す、ということが行われているということだが、このウワサはほんとなのかどうか?
こういうことがあると、人々の目の色が変わるのは一瞬だ。
ルワンダで起こったことは、もしやこういうふうにはじまったのかと思わされてかなりゾッとしている。

こんなに予断を許さぬ状況だというのに、前述の、何も知らない観光客のサファリツアーもそうだし、それに、今私の自宅のまわりで、
ニューイヤーイブのパーティに興じる人々のドンちゃん騒ぎの音が響き渡っていることに、なんというか、なんと説明していいかわからないような
やるせない気持ちが走ってしまう。

ここから歩いていける距離にあるスラムでは、人が死んでいるんだよ!
と、叫びたくても、この近所でパーティに興じている人々にとってはそれがいかにリアリティのない叫びかということも重々わかる。

それはまるで、今この同じ地球上で、戦争をしている国もあれば、飢えで苦しむ子どもたちがいる国もあるんだよ!
と言っても、地球の別の場所ではまるっきりリアリティがないだろうということと同じですね。

だけど、だけど・・・
と、「だけど」が頭の中で交錯しながら、ケニアもあと1時間半で新年であります。

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