Thu, January 18, 2018

ジュンバ・ラ・ワトトで大事件発生


4月から6月まで日本全国トーク&ライブツアーに出かけていた。長い間ケニアを留守すると、いない間に様々な事件が起きたりして大丈夫かいつも心配なのだけれど、今回もケニア不在中に大事件が起きていた。

ミリティーニ村のジュンバ・ラ・ワトト(子どもの家)にアビュード(11歳)の姿がない。私の留守中に彼の実母がジュンバ・ラ・ワトトにやってきて大暴れし、「ジュンバ・ラ・ワトトでは子どもたちを誘拐してここに集め、日本に売り飛ばしている」と警察に通告。母親が暴力を振るうので、アビュードはナイロビに一時避難。警察とモンバサ市役所からジュンバ・ラ・ワトトに調査がやってきて閉鎖通告を受けるという事態が起きていた。

アビュードは小学5年生の男の子。家庭の事情で2年前からジュンバ・ラ・ワトトで生活している。父親はジョンといって、キベラスラムの青年グループのリーダーだ。ジョンは夜7時から朝7時までの夜勤警備員。月額4000シリング(約4500円)の給料しか得られないので生活はきついけれど、とても真面目で優しい父親だ。ところがアビュードが、小学校に入る頃からまったく表情がなくなり、言葉も発さなくなった。おかしく思って調べていくと、父親が夜間不在の間に、母親から虐待を受けていたことがわかった。母親は、日中は特におかしな言動はない。ところが夜間、スラムの長屋の一室の自宅で、子どもと2人きりになったときに密室での虐待が起きていたのだ。

両親は離婚し、父親が親権者となった。父親がアビュードをキベラスラムのマゴソスクールに連れてきて、保護を願い出た。アビュードはしばらくマゴソスクールで暮らしていたが、母親が居場所を突き止めて追いかけてきた。敷地内に入ってきて、大声で叫びながら大暴れする。アビュードは母親の姿を見るととても怯えて、失神することもあった。そこで500km離れたミリティーニ村にあるジュンバ・ラ・ワトトにアビュードを移動させることになった。平和な村の子どもの家でアビュードは徐々に笑顔を取り戻した。
しかし今度は母親がジュンバ・ラ・ワトトの場所を突き止め、村の中で大暴れをした。アビュードはミリティー二村のことが大好きで離れたくなかったのに、泣く泣く、ナイロビに避難した。

ジュンバ・ラ・ワトトはもともと、マテラ長老をはじめとするミリティー二村の人々が、キベラスラムの孤児の子どもたちを不憫に思い、自分たちも貧しいがみんなで一緒に暮らしていけば何とかなるから、子どもたちを村に連れておいでと言ってくれてはじまった子どもの家だ。村の中の一軒屋を賃貸で借りてはじまり、そののち、マテラ長老が提供してくれた土地に家を建てて移り住んだ。建設費用は、私の講演を聞いた新潟のおばあちゃんが提供してくださった300万円に、私が自己資金の100万円を足し、それからまた細々と貯めたお金100万円ほどを足してもまだ足りず、完全ではないままに建て掛けの家で生活をしてきた。32人の子どもたちと2人の寮母さん、そしてキベラから派遣している先生が1人住んでいる。この家は村にオープンに開放していて、村人たちの寄り合いに使ったり、村の子どもたちが大勢遊びに来て、憩いの場になっている。

今回、アビュードの母親問題に伴い、ケニア政府からの視察がやってきて、この家を即刻閉鎖させると通告を受けた。子どもの家を運営するためにはケニア政府から出されている条件を満たさなければならず、部屋の広さや建物の状態、トイレの数とその状態、水道、家具や寝具の状態、台所や食料保管倉庫の状態、スタッフの数、24間体制の警備など、とてもたくさんの項目があり、資金が十分にない中でなんとかみんなで工夫しあって生活をしているジュンバ・ラ・ワトトでは、それらの条件を満たしていない。

閉鎖通告を受けてから、ミリティー二村の人々が大勢、お役所まで出向いて必死の懇願をしてくれた。この子どもたちはここを追い出されたら他に生きていく場所がないのですと、村の人々が涙ながらに懇願し、何とか1ヵ月半の猶予をもらうことができた。8月下旬までの間に条件を満たすための工事を行い、再び視察団が来て許可が出れば、継続してよいということになった。現在、村の仲間たちが大急ぎで工事を行っている。

それにしても今回、このような問題が起きてつくづく感じたのは、ケニアの人々の心の温かさだ。必死の懇願をしてくれた村の人々、そしてそれを受け止めて猶予をくれたケニア政府の役人さん。規則だけで杓子定規に事を進めるのではない、人の心がここではまだ通用する。あと問題はお金がないことだが、お金がなくてもきっと何とかなるさと思えるのもケニアだ。

何がそこまでアビュードの母親を追い詰めたのか。虐待衝動と愛情との泥沼で彼女も苦しいことだろう。大人も問題を抱えているが、無力の子どもたちをまずは保護したいと思う。問題を抱えた子どもたちを村の人々が温かく育ててくれているこの家を、私は大切に守っていきたい。

2010年9月発行号

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