Mon, August 20, 2018

1 by 早川 千晶  2008年1月2日17:33


1   by 早川 千晶   2008年1月2日17:33

昨日、Eldoretの教会で焼死した人々の人数は報道により異なり、35人とも48人とも50人以上とも報道されています。
いずれにしても、数多くの子ども達を含む村人達が焼け死にました。
逃げ出した人々も追いかけられ、畑の中で殺されました。
あまりの事に絶句します。
その中で生存した人の話によると、殺された理由はキバキに投票したからだそうです。
ミリティーニ村での死者数も昨日最初に発表された8名から11名にあがっていました。
こうして各地で出た死者はこれもまた数字は報道によって異なりますが、200人とも300人ともそれ以上とも言われていますが、
新聞にも「これは、とても控えめな数字でそれよりもはるか多くの人々が犠牲になったと思われる」と書いてあります。
住まいを失ったり、逃げなくてはならなかった人は8万人近いと言う数字ですが、これもまた実際にはもっと多いと思われます。
各地で殺された人々が、何族出身だったかと言う発表はありません。
これは、そのような報道の仕方をすると、部族闘争の色合いを濃くしてしまうからだと思います。
地元からの直接の話で報道されきれない色々な事がわかります。
昨日今日と平静が戻ってきたと報道されていますが、実際に街の店も開き、平常に戻ったようにみえても、
現在ケニアの状況はとても危うい状態だと思います。
これまでアフリカの中で最も安定した民主的な国とされていたケニアが一瞬にしてこのような騒乱に巻き込まれるとは・・・
と言う論調で国際ニュースで取り上げられていますが、部族同士の憎しみ愛による戦いだと取られたくないとつくづく思う。
表面的には政治的な対立から発展した部族間の殺し合いだと思われてしまいますが、ことはそんな単純なものではない。
これは、これまでの歴史の中で民衆が大きな力に以下に翻弄されて蹂躙されてきたかと言うことの表れだと思う。
元々、一人一人の人々の心の中に憎しみがあるのではなく、状況に翻弄されて憎しみが生まれてしまうのだ。
どうしようもない貧しさや、どうしようもない理不尽な人生をこれまで耐えて耐えて生きてきた・・・。
その毎日毎日は、人々はなんとかバランスを取って少しでもよりよく生きていこうとする。
それを踏みにじって蹂躙してめちゃめちゃに人の心を狂わせる政治が悪い。
今、怒りや憎しみの対象がキバキとかれを取り巻くキクユ社会と彼を支持した人々に向けられてキクユ-ルオの部族闘争だと捉えられてしまうが、
だからと言ってライラが聖人なわけではない。虐げられてきたルオがライラを先頭に抵抗していると言うような話に見られてしまうととても困る。
だって、これまでもライラは何度も簡単に投げるし有利な方に変心するカメレオンなのである。ケニアの政治内部は本当にどす黒くて汚いのだ。
だけど、信じて裏切られてを繰り返してきた純潔なケニア庶民が切ない。
ケニア人が他民族間で憎しみあって殺しあう人々だと世界の人々に思われたくない。
私達はずっと見てきた、庶民の生活の中では部族が違っても言葉や宗教や伝統が違っても肌の色さえ違っていもケニアの人々は
広い心で柔軟に受け入れて調和しあうことが出来る人々なのだ。
キベラでも私達のマゴソスクールにはいくつもの部族の人々が集まって協力し合っているし、
500kmも離れたミリティーニ村ではムスリムのドゥルマ族の人々が私達のキベラのルオ族やキクユの子ども達を受け入れてくれた。
キベラのリリアン達はルオ族だけれども路上で生活していたキクユのトニーを助けて自分の子どもように愛情を注いで育てている。
私はキクユと結婚したが、彼等家族は肌の色の違う訳の分からない国の人間の私をとても温かく大事にしてくれた。
憎しみが心の中に生まれるとき、それは何によるものか、今のケニアの人々の状況が本当に切ない。

続きを書きたいですが、ここのネットワーク状況があまりにも悪い為、後でまた続きを書きます。

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