Wed, April 26, 2017

奇跡的!     by 早川 千晶


奇跡的!     by 早川 千晶     2008年02月02日06:36
理屈では説明がつかないような偶然がかさなるときがある。
これまでも、そんな奇跡に何度助けられてきたかわからない。
今日もひとつ、素敵な奇跡がありました。

朝いちばんに思いついたこと、(子どもたちが安心して暮らせる場所を作ろうということ、いっこ前の日記に書きました)、
さっそくリリアンに話をして、やろう!やろう!と盛り上がりました。

広々とした場所で・・・
畑も作って・・・
牛も飼おう。
ヤギも飼おう。
ニワトリも。
世間では戦いがあったって、そこにいれば安心っていう場所。
夢が広がる。
疲れきってたリリアンの顔にも、精気がよみがえってくる。
とにかく土地を探そうよ。
でも、お金は?
うーん。今はないけど。
でもとりあえず土地を探そう。
ジョセフィンに相談してみたらどうかな?
最近ずっと音信不通だけど、どうしているかな?
私、メールを書いてみるわ。
うん。私も書いてみる。

そんなふうにワクワクしながら語り合い、タウンまで一緒に行ってそこでリリアンと別れた。
リリアンは、物品制作のための布地を買いに行った。

さて、このジョセフィンというのは、ロンドンに住んでいるナイジェリア人のお友達。
とても不思議な女性だ。
最初は8年くらい前に、ロンドンに住んでいるケニア人の友達を通じて知り合った。
ジョセフィンはもう30年くらいロンドンに住んでいる。
だんなさんが突然の交通事故で亡くなり、そのときから人生が変わった。
悲しみにくれていたのだけれど、あるとき突然、壁から声が聞こえてきたという。
それから彼女は、その「聞こえてくる声」と対話しながら暮らすようになった。
自然に、彼女のまわりに人が集まってくるようになった。
ロンドンでいろいろな事情を抱えながら暮らしているアフリカ人たち。
夫と離婚し、障害児を抱えてシングルマザーでがんばって生活している看護師の女性。
出産のときに母子ともども危篤状態になり、医者もさじを投げた状態から命を取り留めた女性。
(彼女が私の友達で、ロンドンの地下鉄の運転手をしていた。私自身も10年くらい音信不通だった。)
ジョセフィンは、そんなふうに集まってきた人々と共に、ロンドン在住アフリカ人のコミュニティを作った。
彼女は、壁から声が聞こえてくるようになってから、お祈りをして人々の病いを癒せるようになり、頼まれた人のところに行っては祈る。
という毎日を送るようになった。
そのうち、集まってきた仲間たちと、アフリカの貧しい子どもたちや女性たちをサポートしたいと話し合うようになった。
長年、アフリカの本国を離れてロンドンで暮らしているけど、アフリカのことがいつも気になっていたという。
彼女のもとに集まってくるアフリカ人たちは、ナイジェリア人、ケニア人、ウガンダ人など様々だけど、みんな、
ロンドンで決して裕福な生活をしているわけではない。
だけどみんなでコツコツとお金をためた。
8年くらい前にはじめてメールが来たときは、ケニアで恵まれない状況にある子どもたちに会いに来たい、スラムを案内して欲しい、ということだった。
そして、ジョセフィンはケニアにやってきて、彼女のお友達のケニア人中流家庭の女性たちと共に、私とリリアンとでキベラスラムを案内した。
日本人の私が、アフリカ人の彼女たちに、キベラスラムのスタディツアーを行った。なんだか不思議で、そしてとても嬉しかった。
(彼女たちは号泣していった。)
それからの縁で、彼女たちはこれまで3回、キベラスラムに子どもたちに会いに来てくれた。
でも、2年に1回くらい、思い出したように突然連絡が来て、そしてそれからまた音信がとだえる、という、ゆっくりとした付き合いだった。

ジョセフィンと最後にメールを交わしたのは、やっぱり2年くらい前のことだ。
今日、リリアンと話をして、久しぶりに近況報告をかねてメールしてみよう、と思った。

リリアンとタウンで別れてから、マサヤと合流して、それからあとでマサヤと真紀さんと3人でお昼ご飯を食べることになった。
座ったら、私の携帯電話が鳴った。

電話をとって、びっくり。
なんと、それはジョセフィンからの電話だったのだ。

2年に1度くらいしかメールも電話もこないのに、なんで今このタイミングで!
しかも、そのたった2時間前くらいにリリアンと「メールしてみよう」と話していたところだったのだ。

これはやっぱり、偶然とは思えない奇跡だと思った。
今の状況をかいつまんで話し、そして、「子どもたちが安心して暮らせる場所を作りたい、そのためにこれから土地を探そうと思う」
と話した。

ジョセフィンは、話を聞きながら泣いていた。
そして、「子どもたちが怖い想いをしているなんて、耐えられない。なんとしてでも土地を探して。
私たちもこっちでお金を何とかかき集めてみるわ。」と言ってくれた。

ありがたい。
もちろん、決して裕福ではない彼女たちのことなので、そんなに大金を用意できるとは思えない。
だけど、本当に嬉しい。こうして互いに想いを交し合うと、お金でははかれない、大きな力をもらえるのだ。
しかも、まったく資金のあてもないところからのはじめの一歩、どれだけ大きな勇気をもらえることか。
子どもたちに会いに来たい、と言ってくれる。彼女ならば、きっとほんとに来てくれることだろう。

さぁ、元気出してがんばろう、と、力がわいてきた。
この週末は、もしかしたら報復攻撃など大きな騒ぎが起きるかもしれないという不穏なウワサもある。
だけど不安や恐怖に捕らわれて精力気力を奪われないように、平常心を保ち続けて前に進むこと。

ムセベニが明日からエンブの塩尻さんの職業訓練校に入れていただく。
メリーも、サイディア・フラハの洋裁学校に本格的に入学が決まった。月曜日から。
月曜日には女子3名のセカンダリースクールを探し、そして翌週には6名が入学できるかどうか。
来週は、モンバサのジュンバ・ラ・ワトトに、キベラからまた新しく数名の子どもたちを連れていくことにも決めた。
子どもたちの安全な行き先が決まってくると、ものすごくほっとする。
お金はあとでついてきてくれるだろうと思いながら、とにかく動いていると、ありがたいことに、セカンダリーの学費を一部支援しましょう
と申し出てくださる人が出現。
ほんとにほんとにありがたい。
キベラの戦場(最近では、リリアンがバトルフィールド真っ只中、と表現している)から出て、それぞれの落ち着き先で子どもたちはどれほど
安堵することだろうか。

ところで、今日はもうひとつ、決意したことが。
ケニアに来て交流したい・学びたい人のためのプログラムを作りたいと思っています。
もはや旅行会社が主催旅行を組めないような状況になってしまったけれど、自主的にケニアに来て参加したい人のためのプログラムを作って、
ケニア事情の勉強の機会や、キベラの人々との交流を続けていきたい。
危険なく安心して滞在できる寮を基点にして、そこでスワヒリ語やケニアの歴史・社会事情などの講義、
様々な方面で活動をしている方からの講義、キベラの若者たちや中流層の若者たちとのディスカッション、などなどを行いながら、
落ち着いているときを見計らってキベラスラム訪問(警察や地元青年団のエスコートで)、避難民のキャンプ訪問、医療事情スタディや見学など。
それと、マサイマラからジャクソンさんを招いたり、モンバサからマテラ長老やバーティを招いたりして、
ナイロビでお話を聞いたりワークショップができるようにできたらというふうにも思っている。
サファリは、アンボセリならば今でも安全に行ける。アンボセリは通り道にサイディア・フラハを訪問させていただけるし、
ジョージたちが学ぶことになるカジアドの学校も通り道だ。

これまで長年、アフリカ理解と交流を促していくためにスタディツアーを続けてきて、一緒にプログラムを作ってきた
キベラやマサイやドゥルマの皆さんは、地域社会ぐるみですごく盛り上がっていた。回数を重ねるごとに、意識も開いていっていた。
こういうときだからこそ、もっと深く語り合えるだろうと思うし、そういう場はすごく貴重なものになると思った。
これまでは、キベラスラムの若者たちと、日本の若者たちとのディスカッション、という場が、お互いにとってとても有意義な場になってきたが、
ここに、ケニアの中流層の若者たちも入って、話し合えたらどうだろうかと思った。
例えば、先日の日記に書いた、家を焼かれてしまったキクユの若者たち(中流サラリーマン)にも来てもらい、
キベラのルオの若者たちや日本の人々と、忌憚ないディスカッションの場を作るということ。
(こういうディスカッションのとき、いつも私が双方の通訳をして、語学力のハンディなく大いに議論をしてもらえるようにしています。)

まだこれは構想ですが、3月中旬か下旬くらいに2週間くらいのプログラムを作ってみたいと思います。参加したい人はおしえてください。
私のいつものメールアドレス ecotour★gol.com まで。(編者注:メールを出す場合は★を@に変えてお出しください)
いつものように一部参加も可能だし、延長滞在やスワヒリ語の追加講義受講はJACIIでできます。

マシモニ・ユースグループの歌のワークショップをやって、それから彼らと歌で慰問してまわるとか・・ そんなこともやってみたいなと思いました。
マサイのジャクソンさんの話や、ドゥルマのマテラ長老の話も、聞きたいですよね。(私自身もぜひ聞きたい。)
みんなそれぞれ、今回のことをどう感じているのか、どう見ているのか、未来への希望をどう考えているのか。など。

こういう形でプログラムを組むと、ナイロビ滞在型でもすごくいろいろなことができると思います。
危険のないように重々注意しながら安全に行うことできると思います。

そうなると、ツンザ村のムゼーフォーティはカヤンバ(楽器)作ってくれているかな・・・とか、
ビーズ職人ジョン・ワニョイケにも来てもらってワークショップやってもらいたいな・・・とか、ライブもやりたいな・・・とかいろいろ考えて
マサヤと真紀さんと話してたらすごくワクワクしてきました。
みんな、経済的にもピンチのときですから、こういうプログラムがあるととても多くの人々にとって励みになると思います。

前向きになると奇跡を呼び込み、奇跡はさらなる奇跡を呼ぶ。
(だけどそこには必ず最大限の努力が必要。)
というわけで!
ぜったいめげない。みんなで知恵しぼりあって力合わせてがんばろう。

タグ: ,

Share This :

Twitter Delicious Facebook Digg Stumbleupon Favorites More

イベント情報をいち早くお知らせできます。


1 Comment to “奇跡的!     by 早川 千晶”

  1. みなみ より:

    早川さん!
    こんにちは。
    賢明女子学院の中二です。
    先日は講演会をしてくださってありがとうございました。
    勉強熱心なのに勉強できない子供がこんなにもたくさんいることを初めてしりました。
    そして、子供たちの勉強に対する一生懸命な姿勢と輝く目が今でも忘れられません。
    あの後、you tubeで子供たちの動画をたくさん見ました。
    とても感動して涙が出てきました。
    キベラスラムの子供たちの思いを胸に自分のできることを精いっぱい頑張りたいと思います!
    ほんとにありがとうございました!!

Leave a Reply

*